「ルパン三世」覚え書き(その1)
大塚康生
 「ルパンについて日頃思っていることなど」を、とリクエストされて書きはじめたのがこのコーナーです。これまでに制作された映画にあまりとらわれず(そうもゆきませんが・・・)想像の世界で遊ぶつもりで、まず次元から始めます。ルパンや不二子が華やかな主役を演じているのに対して、次元はどこか控えめで脇役に徹しているらしいところが僕の趣味に合うからです。
 ところで「ルパン三世」はモンキ−さんの原作以後、映画化にあたって実にいろいろな顔と解釈がありますね・・・最近では美形になってみたり、カリオストロもどきだったりしますが、まぁ僕もそのうちの一人で、いわば ONE OF THEM ですから、このコーナーはそのつもりで読んで下さい。僕の解釈や描き方が他に勝るものと主張するつもりはサラサラありません。それは何よりもモンキーさんに失礼だし、映像化されたものの中での善し悪しは聴視者が決めることです。
次元って何ものなの?
 次元がどんな出自を持つ人物なのかは、人物紹介とキャラクターの個性を取り上げた初期の「旧ルパン」でも描かれたことがないですね。モンキーさんも早撃ちのガンマンとしか言ってませんし、ルパンや不二子はもちろん、五衛門の過去も、銭形の職業的執念も紹介されていますが、次元だけはルパンと会うまでの過去は全く語られていません。役回りも「ルパンの良きパ−トナ−」以外にはみ出したことはないですね。この点について宮崎駿さんは「カリオストロ」の頃
 「彼は少年時代アメリカ西部の田舎に住んでいたガンマニアで、やたらにブッ放すのが好きという種類のチンピラだったろう。早撃ちの才能もあったのだろう。ルパンと会うまでの下りは話になりそう・・・二人とも若くて野望に燃えていて・・・」
と語っていましたが、「カリオストロ」後の劇場用長篇もTVスペシャルも各キャラクターの来歴や個性や生活を掘り下げてみるといった視点は乏しく、毎度現れる恐るべき?敵との闘いに明け暮れていますね。
 もっと違った視点があっていいのではないか。ルパンはそうした可能性を持つ企画なのでは・・・と思っています。
 僕がキャラクターの生活に思い入れして提案したアイディアは旧ルパン後、これまでに二つの作品にその痕跡を残しています。
 その@は「マモー」で警視庁警部銭形はルパンを捕らえられなくて、責任を負って退職、家業の僧籍に戻って山寺を継いで静かに陰棲していたところ、ルパン現わるの報を聞いて血が騒ぎ現職復帰するという話。勿論銭形の生家がお寺さんだったというのは創作で、実は床屋さんだったでも構いません。興奮して木魚を乱打するか、お客さんの眉毛を剃り落とすかのどちらが面 白いかだけです。
 そのAは不二子もいい加減に結婚する気になって東北の名家に嫁に行くことになり、その家に伝わる秘宝を巡って話が拡がる・・・というものでした。これがスタッフのブレ−ン?スト−ミングの結果 、不二子ではなくてゴエモンの結婚話に変わったのが「風魔一族の陰謀」でした。
 このような発想は多分僕やテレコムのスタッフが事件よりも個々の人物のキャラクター(性格)からそのシナリオのなかでの演技を考える訓練を経ているからだと思いますが、実際にはシナリオが何処かで書かれて変更を許されない形で現場に降りてきて作業が進みますから「あれっルパンたちはあんなことはしないと思うが・・・」と思っても手後れになることが多いようです・・・。
描きやすい顔が好き
 次元が好きなもう一つの理由には、彼は帽子を目深く被っているので目を描かないですむ、ということもあります。絵かきとしてはそれだけで随分楽なのです。顔の中に占める目と眉毛の位 置は描く日によって微妙に違ってしまうもので、人からサインなどを頼まれた時、次元なら下書きなしで描いても大丈夫ですが、他のキャラクターは鉛筆でしっかり下書きしないかぎり何処かおかしくなってしまうことが多いのです。そしてその大半が目鼻の位 置なのです。そういった失敗は描いた時は案外わからないもので、あとで見て回収、破棄したくなるほど恥ずかしい思いをします。
「目と眉毛がないと表情が出しにくいのでは?」と言う人もいますが、その心配はありません。
 漫画では口と顔全体の表情でテレビアニメで必要とされる程度の感情表現のほとんどは可能だし、帽子もヒゲもそれを助けるような描き方が出来るのです。
 「次元は無表情でク−ルなところがいいのでは・・・表情豊かだったら次元らしくない・・・」という意見もありますが、決めつけない方がいいと思います。モンキーさんの原作では次元は結構派手な表情が描かれているのです。要は彼にどんな演技が期待されるかによって異なるだけなのです。
 次元の得意技は早撃ちということになっています。この点は2、3のエピソ−ドで描かれていますが、まだその技が決定的な意味をもつほど面 白いスト−リーに恵まれているとはいえないでしょう。動かし屋のアニメーターにとっては彼の最も格好いい舞台が用意されたとは思えません。
 表情は描く人がキャラクターをどの程度柔軟性をもって掴んでいるかによって違ってきます。動きの中では顔は丸くも長くもなって平気、カリオストロで宮崎さんがやってみせたように口いっぱい食べ物を押し込んで、パンパンに膨らんだ頬もアリなのです。口が顔いっぱいに開くのもOK。おちょぼ口でも違和感なく描けます。ただしそれは動きの中で表現してはじめて効果 を発揮するもので、止めの顔で形式的に真似してもあまり効果は期待できないでしょう。
 実はキャラクターの顔や体を伸び、縮みする軟体だと教えているのはディズニーの「キャラクター・アニメーション」と呼ばれる手法で、フル・アニメーションで効果 を発揮する動かし方です。セル枚数の少ない日本のテレビ・アニメではなかなかその真価を発揮出来ませんし、やりすぎると表情の少ない我々日本人に馴染みにくい演技になってしまいます。よく研究して使うべきでしょうね。彼はあれで一応日本人なのです。
コスチューム・プレイの楽しさ
 ルパンでは設定されたキャラクターのコスチュームをTPOに応じて変えるのも大賛成です。安定した人気を得たシリーズでは作る方も見る方も保守的になっていて、出来上がっているキャラクターを守ろうとする方向に働くものですが、「ルパン」では変幻自在な着せ換えは本来の姿で、もともとルパンは銭形にさえ化けることになっているのですから、ここは思い切って生かさないと一寸勿体ないのではないか、というのが僕の意見です。
 何時も思うのですが、国境をこえて執拗に追われているはずのルパンが、やたらに目立つ真っ赤な背広を着て、何故か何時も4人つながってパリやロンドンの街を歩き回っているのでは「捕まえてくれ」といってるようなものです。たまにそういうことがあっても別 に構わないのですが、しょっちゅうそうなっているのはかえって不自然。隠密行動らしく変装してはいるものの観客にはミエミエなのがずっと面 白いはずです。
 また、朝早く寝起きだというのに背広姿だったりするのも不自然ですね。実写 だったら許されないがアニメだったら何故誰も何ともいわないのか一寸考えてみたいことです。
 コスチューム・プレイはその度にキャラクタ−設定をし直すことになり、作画陣のなかには「そんなことを考えているヒマはない!」という人もいるでしょうが、実際には大した手間ではないのです。むしろキャラクターを硬直した姿として捉える保守性に問題があるのであって、とくに服装に関しては時々立ち止まって常識で考えてみると思いがけない展開が生まれるものです。
 あるアメリカ人が「ゴエモンはあの格好で海外によく行きますが、税関もあのままで通 ってるのですか?」と聞いてきました。この種の発想が僕らが忘れている漫画的着想の原点かもしれません。次のシーンで元に戻ればいいだけの話ですから。

 激しく闘ったあとは服はボロボロ、くたびれ果 てて座りこんでいて、はじめてキャラクターが生命感を持って映画の中で息ずくのではないでしょうか。過去のルパンでこのような生活感を伴う発想とバカバカしいほどの飛躍と誇張を共存させて描いてみせたのは宮崎さんが関わった作品に顕著ですが、あとが続いてないのは何故でしょう・・・??

(続く)

(C)モンキーパンチ
「ルパン三世」覚え書き(その2)は に掲載されています。

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